一般的に大学受験を机に向かって行う学習のピークと考えている人がいるが、古文や漢文などの教養系の分野と違い英語に関しては、大学受験がピークであってはむしろ困る現状があることをお伝えしたい。
特にグローバル化が進展する現代社会において、大学生の英語力向上は極めて重要な課題となっており、TOEICの活用がその指標や評価手段として注目を集めている。この記事では、大学におけるTOEIC活用の現状と課題を概観し、それが大学生の英語力の現状にせまっている。
ここでは、オンライン上でPDFにて詳細な現状が公開されているカリキュラムにTOEIC IP等を積極的に導入し、学生の英語力評価に用いている九州大学、千葉大学、香川大学、佐賀大学、愛知大学名古屋校の例を取り扱っている。
調査した大学の偏差値
まず、一般的な学力とTOEICスコアの相関関係を見るために、調査対象の各大学の偏差値を見てみよう。これは、英語力を含む基礎的な学力水準を把握するうえで重要な指標となる。偏差値の違いは、入学時点での英語力のばらつきを間接的に示す指標と考えている。
| 国立・私立の区分 | 大学名 | 偏差値 |
|---|---|---|
| 国立 | 九州大学 | 55~68 |
| 国立 | 千葉大学 | 48~72 |
| 国立 | 佐賀大学 | 42~62 |
| 国立 | 香川大学 | 47~62 |
| 私立 | 愛知大学名古屋校 | 42~52 |
※偏差値データはスタディサプリ参照
最難関レベル・九州大と千葉大の実情
九州大学はいわゆる日本に7つある旧帝大のひとつ。当然、入試の難易度はトップレベル。さらに、旧帝大ではないものの首都圏に近い立地の国立大学として近年評価が高いのが千葉大学。やはり入試の難易度は最難関レベルだ。
九州大学でのTOEIC導入例
九州大学では、学生の英語能力を客観的に評価し、その改善を図るために、TOEICテストを試行的に実施した。この試験は、同大学の言語文化研究院の統一試験委員会が主導し、2003年5月に一部のクラスの学生を対象に行われた。試験はTOEIC-IPという形式で実施され、九州大学後援会の財政的支援を受けて行われた。試験の目的は、今後の議論や実施体制の整備に役立てること。試験は小規模で行われ、学生は受験料を支払う必要がなかった。(Suzuki, 2004)
試験結果
Suzuki, M. (2004). 九州大学におけるTOEICの試行 [Techreport]. 九州大学大学院言語文化研究院言語科学部門・言語情報学.から抜粋
九大生と一般公開テストのスコア比較
総合スコアの比較
- 九大生の平均スコア: 458.4点
- 一般公開テスト受験者の平均スコア:
- 第99回(2003年6月): 585.6点
- 第100回(2003年7月): 569.6点
→ 公開テスト平均スコアより約110~130点低い結果となっている。
リスニングスコアの比較
- 九大生のリスニング平均スコア: 247.2点
- 一般公開テスト受験者のリスニング平均スコア:
- 332.2点(第99回)
- 316.7点(第100回)
→ 九大生のリスニングスコアは公開テストと比較して約70~85点低い。
リーディングスコアの比較
- 九大生のリーディング平均スコア: 211.2点
- 一般公開テスト受験者のリーディング平均スコア:
- 253.4点(第99回)
- 252.9点(第100回)
→ 九大生のリーディングスコアは公開テストと比較して約40~42点低い。
なぜ大学生のスコアが一般平均を下回るのか?
大学生のTOEICスコアが一般平均を下回る主因として、学習意欲や英語学習への動機付けの差が指摘されている(Suzuki, 2004)。また、大学での授業時間だけでは十分な英語力向上が難しいという課題も浮き彫りになっている(Suzuki, 2004)。これに加え、学生の実践的な英語使用機会の不足もスコア低迷の一因と考えられる。
千葉大生でのTOEIC導入例
千葉大学におけるTOEIC導入の背景
- 国内外における学術・文化交流、ビジネス、インターネットなどの場面で英語の重要性が増加。
- 文部科学省は2002年に「『英語が使える日本人』の育成のための戦略構想」を発表。政府も本格的に英語重視の政策を推進。(Yba, 2006)
千葉大学における取り組み
- 2004年度からの国立大学法人化の動きの中で、大学でも英語教育に数値目標が求められる例が増加。
- 千葉大学の中期計画において、外国語教育の成果検証のため国際教育開発センターが外部試験 (TOEFL、TOEIC、TOEIC-IP) の全学的基準を設定。(Yba, 2006)
千葉大学でのTOEIC IP導入の具体例と結果
千葉大学では、2003年度と2004年度に全学的(当時は9学部)にTOEIC-IPテストを計9回実施し、学生の英語力の定量的評価を試みた。
9回の試験で述べ1240名の学生が受験し、その合計平均点は528.7点。これは九州大学の平均の458.4点を約70点上回るものだが、先ほど比較対象とした一般公開試験の第99回585.6点や第100回569.6点を下回るものであった。(Yba, 2006)
やはりリーディングよりもリスニングが高い傾向
千葉大生の合計9回のリスニングとリーディングの平均スコアは以下の通り。
| リスニング平均点 | リーディング平均点 |
|---|---|
| 278.2点 | 250.4点 |
九大生の時と同様に、日本の中学校や高校の英語教育ではそれほど力をいれていないリスニングのスコアがリーディングのスコアを上回る傾向が見られた。そのことは下にあげる最高点にも見て取れ、リスニングの最高点が各セクションの満点にあたる495点であるのに対して、リーディングの最高点が450点に留まっている。
「TOEIC IPによる千葉大生の英語力の現状分析」より抜粋
千葉大のケースでの注目点
受験者数は延べ1240名で、うち複数回受験した学生は175名(延べ391名)。これは、千葉大学全体の学生数から見ると、データは全体の約1割に過ぎず、無作為抽出ではなく自主的受験者のデータである点も注意。また、医学部・薬学部では、受験が義務化された2004年度および2005年度で平均点が向上。これが他の学部にも当てはまるかどうかは未確定だが、義務化によって受験者数が増えたことが影響した可能性がある。
3回受験の利点
- 3回受験した学生は、2回受験した学生よりもスコアの上昇幅が大きい。
- この差は、以下の要因によるものと考えられる:
- 練習効果: 試験に慣れることでスコアが向上。
- 学習期間の長さ: 試験を複数回受ける間に継続的な英語学習が進む。
- モチベーション: 3回も試験を受験する熱意が英語学習への真剣な取り組みにつながった。
「TOEIC IPによる千葉大生の英語力の現状分析」より抜粋
千葉大のTOEIC受験まとめ
データ数が全学生の約1割程度と母数が足りないことは前提にあるが、複数回受験や受験の義務化がスコアアップに繋がるという一般的な予測を裏付ける傾向が見られた。
一般的な地方国立大学レベル・香川大学、佐賀大学
それでは次に、トップ層の国立大学ではなく、一般的な地方国立大での現状を見てみる。
香川大学でのTOEIC導入の例
- 必修科目化:
- 1年次必修科目「英語コミュニケーション基礎演習(前期)」および「総合演習(後期)」において、TOEIC-IP試験の受験が義務づけられている。これにより、1年生のほぼ全員がTOEICを受験する体制が整えられた。
- 後期科目では、「後期終了時に全学平均でTOEIC470点程度を獲得する能力を養うこと」が目標に設定されている。(Nagai, 2006)
香川大学でのTOEIC IP実施例
| 2005年7月 | 2005年12月 | 2006年6月 | |
|---|---|---|---|
| Total | 380 | 408 | 397 |
| Listening | 217 | 237 | 227 |
| Reading | 163 | 163 | 171 |
香川大学は先に取り上げた九州大学や千葉大学と違い、学年が1年生に限定されていることから厳密な比較ができない。しかしながら、「大学生のTOEICスコア」という大きな括りで比較することには一定の意味があると思われる。
2005年度IPテスト全国データ平均スコアによると、学年が上がる毎にTOEICスコアが上がる傾向があるため、香川大学のスコアを九州大学や千葉大学のスコアと比較するには、その平均を少し上げる必要があるかもしれない。
2005年度IPテスト全国データ平均スコア
Data analysis of TOEIC test at Kagawa University: 2005-2006 (Techreport No. null). Kagawa University.(Nagai, 2006)
| 大学1年 | 大学2年 | 大学3年 | 大学4年 | |
|---|---|---|---|---|
| Total | 401 | 435 | 472 | 502 |
| Listening | 232 | 252 | 271 | 288 |
| Reading | 169 | 183 | 201 | 214 |
佐賀大学でのTOEIC導入の背景
佐賀大学では、英語教育の強化を目的として、2013年度から全学部生に対してTOEICを導入した。この決定は、英語教育の問題を解決するために全学的な統一試験の導入が必要と考えられたことに基づいている。TOEICの導入により、1年次前期と2年次後期に受験することで学生の進捗度を測る仕組みが整えられ、英語教育の客観的で統一的な目標を設定することが可能になった。また、e-Learningを活用して英語教育の強化体制を整えることができ、学生の英語学習に対する意識が高まり、英語教育の改善・向上に繋がった。さらに、TOEIC-IPの全学的な義務化により、学生の英語力向上や学習目標の明確化、習熟度別クラス編制の実現など、様々な学習効果が生まれた。(Hayase, 2016)
佐賀大学でのTOEIC IPスコアを見る際の注意点
佐賀大学での実例は実施期間が2013~2015年と、これまで取り上げた九州大(2003年)、千葉大(2003~2004年)、香川大(2005~2006年)と比べると実施年での大幅なずれがある。また佐賀大でのTOEIC IP受験は大学1年前期と大学2年後期の学生を対象としており、その意味では大学1年のみを対象としていた香川大学のデータと近いと言える。
佐賀大学でのTOEIC IP実施例
| 実施時期 | 受験者数 | 平均点 | 最低点 | 最高点 |
|---|---|---|---|---|
| 2013年6月 | 1,342名 | 389.3点 | 10点 | 950点 |
| 2014年1月 | 832名 | 375.9点 | 65点 | 880点 |
| 2014年6月 | 1,343名 | 388点 | 155点 | 890点 |
| 2015年1月 | 1,268名 | 403.3点 | 175点 | 985点 |
| 2015年6月 | 1,338名 | 408.5点 | 15点 | 955点 |
| 2015年12月 | 1,282名 | 410.4点 | 160点 | 950点 |
香川大と佐賀大に関しては1~2年生に限定されているため、もっとも高いスコアを採用した。
愛知大学(私立大学)でのTOEIC活用例
今回調査対象となった大学の中で唯一の私立大学が愛知大学名古屋校だ。冒頭に挙げた偏差値の一覧表でも一番下位に位置している大学でのTOEIC活用例はどのようなものか。調査されたのは2010年4月の入学時点、同年7月の春学期期末試験、そして年度末となる2011年1月の秋学期期末試験。(Ishihara, 2010)
TOEIC BridgeやHalf TOEICの活用
これまで見てきた国立大では、一般の公開テストの活用はなかったものの団体受験のTOEIC IP(試験自体は公開試験のTOEICと同一)を利用していた。しかし、愛知大学ではTOEIC受験がまだ早いと思われる人を対象とした、その準備的試験のTOEIC Bridgeを入学時のTOEICクラス編成テストとして利用している。
TOEIC Bridgeは、初級から中級レベルの英語力を測定することを目的としている。このテストは、特に中学校や高校などの教育現場での利用に適していることから、愛知大学では学生の英語レベルの測定に基礎からの判定が必要と考えていることが分かる。
また、春学期の期末テストにはHalf TOEICのテストを実施している。Half TOEICとはTOEICが公式に設けている試験ではなく、本来リスニング100問、リーディング100問から構成されているTOEICを50問ずつの計100問で実施するものを指す。
TOEIC Bridgeよりも問題自体は難しくなるものの、実際のTOEICの半分の負荷で実施されるテストは、やはり受験者の負担への配慮が見られる。そして秋学期期末試験で、ようやくTOEIC IPテストを受験させる。大学側が段階的に英語を難しくして、徐々に学生にTOEICへ慣れさせようという明確な方針が見て取れる。
愛知大学のTOEIC IPテストの結果
| Total | 353.8 |
|---|---|
| Listening | 203.9 |
| Reading | 149.9 |
愛知大学のデータは実施年度は2010年となり、九州大(2003年)、千葉大(2003~2004年)、香川大(2005~2006年)の3校と佐賀大学(2013~2015年)の中間に位置している。また実施年が1年生に限定されていることは、香川大や佐賀大に近い状況となっている。
まとめ
以上、見てきたように大学入学時の偏差値と大学入学後のTOEIC平均スコアは概ね正比例する結果となった。しかしながら、偏差値で上位層の大学の平均もTOEIC一般公開受験の平均スコアを下回る結果となった。これは明らかに大学受験を学習のピークと捉える考え方とは異なり、少なくとも英語に関しては社会で求められる英語力に到達するためには大学入学後も、さらには大学卒業後も英語の学習を継続していく必要性があることが示された。さらに、今回調査した5大学すべてにおいて、リーディングよりもリスニングの平均スコアが高かったことは、高校までの英語教育が英文を読むことや文法学習に偏重しているという傾向が、必ずしもリスニング力に大きくマイナスの要素として働いていないことを示しているとも言える。これは今後さらに調査が必要な興味深い分野と言える。
(Suzuki, 2004)(Ishihara, 2010)(Hayase, 2016)(Nagai, 2006)(Yba, 2006)
References
Suzuki, M. (2004). 九州大学におけるTOEICの試行 [Techreport]. 九州大学大学院言語文化研究院言語科学部門・言語情報学.
Ishihara, T. (2010). 愛知大学名古屋校舎2010 年度入学生の英語力の推移 (Techreport No. null). Aichi University.
Hayase, H. (2016). 佐賀大学におけるTOEICの全学的導入による英語教育体制の強化 (Techreport No. 第4号). Saga University.
Yba. (2006). TOEIC IPによる千葉大生の英語力の現状分析 (Technical Report No. 52). null.










